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耳が聞こえない私が耳が聞こえないと信じてもらえない理由

2021 7/03
耳が聞こえない私が耳が聞こえないと信じてもらえない理由

私は耳が聞こえません。

それなのに初対面の人にはびっくりされ、
説明した後も忘れ去られて、
再度お願いするとびっくりして謝られます。

どうして聴覚障害者ってわからないんだろう。
と、ふと気になり、まとめてみました。

目次

私の簡単な情報

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まず私の情報を・・・

  • 耳両方とも先天性感音性難聴2級
  • 片方人工内耳、片方無し(補聴器がありましたが、ハウリングが嫌で外してしまいました)
  • 人工内耳と口話の併用でコミュニケーション
  • 人工内耳を外せば全く聞き取れない

※私個人が感じたこと、
経験などなので全ての方に当てはまるわけではありません。

本当に耳が聞こえないの?

このセリフを本当に何回も聞きました。
付き合っている健聴者の彼ですら、
聞こえないことを忘れて普通に早口で話しかけてくるくらいです。

本当に人工内耳(補聴器)を外したら全く聞こえないのですが、
なぜ私が聞こえないことを忘れてしまうのでしょうか。

聞こえない人のイメージ

※それぞれの意見、考えです。

「喋れない」

「発音が違う、違和感がある」

「手話を使う」

「消極的なイメージ」

などなど・・。

聴覚障害者と接したことがない人からすると、
TVや本、漫画などのイメージが強く、
「喋れないから手話を使う」イメージを持つ人が多いです。

実際私が初めての人と会う時、
前もってメールで
「耳が聞こえないですが、大丈夫ですか?」
と聞くとほとんどの人が、
「手話出来ないけど大丈夫?」
と返してきます。

口の動きで読み取る口話という手段があることを知らない人もいます。

なので初めての人には、

「私は耳が聞こえませんが、
口の形から読み取ることが出来ます。
ですが大事な話や、
聞き取りにくかった部分は筆談してもらえると嬉しいです。」

と伝えています。

なぜ聞こえないことを忘れてしまうのか

耳聞こえないことを伝えた後、
最初は気を使って口元を見せてくれたり、
ゆっくり話してくれていたのが、
だんだん早口になったり口元が見えなくなったりします。

その都度、再度お願いしているのですが、
そうすると「(聞こえないことを)忘れてた」と言われます。

どうしてだろうと思い、
なぜ聞こえないことを忘れてしまうのか聞いてみました。

実際によく言われたのが、

「補聴器が見えないから」

「(聞こえないという割に)発音が上手だから」

「よく喋るから」

「会話のコミュニケーションが出来ているから」

「文章に違和感がないから」

といった言葉です。
それぞれ個人的に詳しく解釈してみました。

「補聴器が見えないから」

ダントツでよく言われたことです。

例えば視覚障害者は白杖があります。
または盲導犬がおり、パッと見て視覚障害者だと判断出来ます。

しかし聴覚障害者はパッと見てわからないことが多く、
「耳が聞こえません」と伝えているにも関わらず、
見た目が普通なため、
少ししたら忘れられていることも。

女の人は特に髪が長めなこともあり、補聴器が隠れてしまうので、
意識しないと耳が聞こえないということを忘れられることもあります。

でも世の中には補聴器がない難聴者、聴覚障害者がいます。

日常生活では補聴器をつけるほどではないけど、
時々聞き取りにくい部分がある。

補聴器をつけても全く聞こえない。

補聴器をつけるとめまいがあり、
日常生活に影響があるからつけれない。
などです。

なので補聴器は無いけど聞こえないという人もいます。
私も実際片方の耳は補聴器つけていません。

あえて派手な補聴器にする、結んで見やすいようにするなど、
それぞれ工夫はありますが、改めて視覚での情報はとても大きいと感じました。

聴覚障害者はパッと見わかりにくい障害です。

「(聞こえないという割に)発音が上手だから」

これは親とリハビリの先生のおかげだと思っています。
先天性の感音性難聴なので、生まれつき音や声は知らないです。

そんな私がどうやって発音を習得したのか、
それは親と厳しいリハビリの先生のおかげだと思っています。

20年も前の話ですが、
当時まだ保育園児だった私は週に1、2回の発音リハビリに通っていました。
そこの先生は本当に厳しく、
身振りは禁止、手話も禁止、キューサインも禁止。
(でも親はこっそりキューサインを使っていました笑)

身近な人に手話を使ったりする人もいませんでした。

そして親にも毎週課題があり、絵日記を描くのです。
その絵日記を私が声を出して読むというリハビリの一つです。

リハビリといっても色々あり、
絵日記を音読するだけでなく舌の動きを覚えさせるためのリハビリ、
手先を使ったリハビリなど・・。

私が泣きながら机の下に隠れようが、逃げようが、
このリハビリは終わりません。

そんな姿を親はいつもハラハラしながら見ていたそうです(笑)

発音が上手と褒めてくださる方もいますが、
どうしても苦手な発音はあります。
例えば「さ行」と「ち」は自分でも苦手だと自覚しています。

それに私の声を聞き取れる人と聞き取れない人がいます。
特に一緒にいる時間が長い人は、
私の声に慣れているので聞き取りやすくなる傾向があります。

たまたま聞き取れる人から、褒め言葉を頂いただけだと思います。

「よく喋るから」

これは単に私がおしゃべりなだけだと思います。

親含め発音について特にからかわれたことがない
恵まれた環境にあったこともあり、
発音のことを気にせずおしゃべりしていました。

もしかしたら裏でこっそり「声変じゃない?」と
言われたことはあるかもしれませんが(笑)

注意されたといえば、声が大きすぎる。ということだったので、
ボリュームを調整するのに苦労した記憶はありますが、
人と話すことがとても楽しかったので、
現在接客業に就職しているのもあるのかもしれません。

ちなみに彼には少しうざく思われていることもあります(笑)

「会話のコミュニケーションが出来ているから」

100%ではありませんが、
聞き間違いとかない限りは
自分でも言葉のキャッチボールは出来ている方だと思います。

これは多分本と漫画のおかげです。
私の知識の大部分が本と漫画から得た情報です。

TVは当時字幕がないものもありましたし、
夜しか見れなかったので、
普段の生活には本と漫画がいつもありました。

プレゼントも本が多かったですし、
小学校の休憩時間はいつも図書館でした。

本や漫画の会話や流れも私にとっては貴重な情報になりました。

あまりにも読みすぎて、
視力が下がってしまいましたが、
本と漫画には感謝しています。

「文章に違和感がないから」

これも本のおかげだと思います(笑)

自慢ではありませんが、
高校の時の模擬試験で国語学年1位になったことがあります。
これは私が友達がいなくて本の虫だった時期も影響があるのかもしれません。

いろんなジャンルの本を読んでいました。
ファンタジー、ノンフィクション、歴史、動物、ホラーなどなど。

そして本の中の登場人物になりきって楽しんでいたのもあり、
登場人物の気持ちを想像することも好きでした。

高校の時のサークルは文芸部で、
本を作ったり詩を書いたりしていました。

今自分が作った作品を読むと全然下手だと思いますが、
そういった経験も生きているのだと思います。

発音が出来ることによるデメリット

もちろん発音を褒めてくれるのは嬉しいですが、
自分が聞こえないということを忘れ去られてしまうという問題も出てきます。

そのため、私だけ置いてけぼり。
といったこともありました。

なので聴覚障害者でも発音が出来て良いというわけではなく、
デメリットも出てきます。

話の輪の中に入れず、だからと言って聞き返すことも出来ず、
わかったフリして、周りの笑い声に合わせて笑ったり・・。

社会に出て、分かったフリはダメだと実感したので、
はっきり「わかりません!!」という勇気を持つようになりました。

まとめ

現在は手話も覚え、声と手話どっちも使っています。

当時は手話なんて特別で、
オレンジデイズというドラマが流行った時期に
手話の本を読んでちょっと使っていたくらいです。

手話を覚えると、発音が疎かになるという考えがまだ強いときだったので、
手話を覚えるなら発音を覚えてからやりなさいという考えのもと、
ひたすら発音の練習をしていました。

今は「忘れてるな」と思ったらすぐにお願いするようになったので、
特に困っていることはないのですが、
昔はどうやってお願いすれば良いのか、
単に私に説明したくないだけなのかなとか
色々ネガティブになっていました。

発音が出来る事を自分の強みとして、接客のお仕事を頑張れているので、
親と当時のリハビリの先生には感謝しかありません。

周囲に耳が聞こえないのに
発音は普通、喋れてる、という方はいませんか?
どうか話についていけているか少しだけでも良いので、
気にしてくださると嬉しいです!

この記事を書いた人

こんにちは!
ほーちゃんメインのブログです。
健聴者の彼との日々などを書いています(๑˃̵ᴗ˂̵)

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